見られなかったもの、モノ
2006年1月1日 手に汗握る大トリも、すでに去年の出来事とは。「光陰矢のごとし」を実感してしまうわたしは年なのか?
さて、「Triangle」。いつも吾郎ちゃんのパートになるとホッとするのだが、その吾郎ちゃんも力が入ってた。でも、どんなに出場回数を重ねても、うぶな部分が残っているって素敵だと思う。そんなスマップが好きだ。
「紅白歌合戦」を見るのは3年ぶりだ。おととしはスマップが出場せず、さきおととしは入院中だった。
2002年の年末から2003年の3月末ごろまで、わたしは精神科病院の閉鎖病棟にいた。うつ病が悪化して入院させられたからだ。なにせそこでは、消灯が9時なのだ。大晦日は特別に紅白を最後まで見てもよいことになったが、そういうときに限って就寝用の薬が効いて、とても起きていられなかった。もしかしたらスマップ、トリかなと思いながら寝た。年が明けて、スマップファンのN子さんが電話で「スマップ、トリだったね。カッコよかったね」と話しているのを聞いて、ああやっぱりと思ったものだ。
(その病院の閉鎖病棟は名前の通り、外へ通じるあらゆる扉に錠が設けてあり、医師、看護師、ヘルパーが共通の鍵を持っていて、出入りのたびに鍵を開け鍵を閉めを果てしなく繰り返すのだった)
そんなわけで、いろいろ言われた「紅白歌合戦」だが、なに気がねなく見られる幸せを久しぶりに味わった。
そして、見られなかったものは紅白だけではない。
「砂の器」
年末のTV、雑誌等からの情報収集。放映が始まってからのBBS上での熱い語らい。それらすべてが別世界のものだった。友人にスマスマと共に録画を頼んでおいたが、見たのは退院してからずいぶん時間がたってからで、しかも1回だけだ。専用のBBSは今でもほとんど読んでいない。ブラウン管の中の物語より、現実の自分の宿命のほうが圧倒的にまさっていたからだろう。ドラマに思いを持てないまま、それでもファンサイトにお邪魔し、ロムだけならぬ書き込みまでしてしまう自分って?
自己嫌悪。
今日、買ったままになっていたDVDの1話と2話を見た。先に書いたようなわけではなく、中居くんの新しいCMが見たかったのだが、どうでもいい番組をだらだら見るのは考えただけで苦痛で、テレビのスイッチを入れるのもためらっていた。思い切ってスイッチを入れたものの、やはり耐えられない。そこに、買ったままになっていたDVDが目に入った。
見た。新鮮だった。
1話。開始から9分を過ぎるまでセリフが無いのに驚いた。そして第一声が「秀夫」。過去への扉を開け、和賀と彼に係わる人びとを宿命の奔流へと巻き込む言葉。この短い一言が、この先のドラマを語るのだ。うまいなあ。
1、2話ともセリフが少ない。特に中居くんは表情と身振りだけで感情を表現しなければならない。脚本を見てみたい。どんな風に書かれているのだろう。それを演出家と中居くんがどのように解釈し、表現したのだろう。
倒れた三木を見下ろし、狼狽して焦点が定まらないまま宙を泳いでいた目が一瞬見据えられ、あたりの人影を窺う確かな目的を持って動かされることで、殺害の決意を表す。「目は口ほどにものを言い」を実際に見せられた。この演技を引き出した演出家に、応えた役者に、演じられると信じて書いた脚本家に感謝したい。
2年を経て、ようやく「砂の器」の入り口に立てた気がする。
>若子さま
日記2日目にして、リンクさせていただきます。まだ時期尚早とかそんなこと考えていたら、わたしのことだから永久に実行できないかもしれない。だから今、実行します。
一生懸命やまじめであることを、恥ずかしいとか格好悪いとかキモイとかウザイとかイタイとか、そんな言葉に逃げたりしない若子さんと若子さんの文章が好きです。
お付き合い願えれば幸いです。
さて、「Triangle」。いつも吾郎ちゃんのパートになるとホッとするのだが、その吾郎ちゃんも力が入ってた。でも、どんなに出場回数を重ねても、うぶな部分が残っているって素敵だと思う。そんなスマップが好きだ。
「紅白歌合戦」を見るのは3年ぶりだ。おととしはスマップが出場せず、さきおととしは入院中だった。
2002年の年末から2003年の3月末ごろまで、わたしは精神科病院の閉鎖病棟にいた。うつ病が悪化して入院させられたからだ。なにせそこでは、消灯が9時なのだ。大晦日は特別に紅白を最後まで見てもよいことになったが、そういうときに限って就寝用の薬が効いて、とても起きていられなかった。もしかしたらスマップ、トリかなと思いながら寝た。年が明けて、スマップファンのN子さんが電話で「スマップ、トリだったね。カッコよかったね」と話しているのを聞いて、ああやっぱりと思ったものだ。
(その病院の閉鎖病棟は名前の通り、外へ通じるあらゆる扉に錠が設けてあり、医師、看護師、ヘルパーが共通の鍵を持っていて、出入りのたびに鍵を開け鍵を閉めを果てしなく繰り返すのだった)
そんなわけで、いろいろ言われた「紅白歌合戦」だが、なに気がねなく見られる幸せを久しぶりに味わった。
そして、見られなかったものは紅白だけではない。
「砂の器」
年末のTV、雑誌等からの情報収集。放映が始まってからのBBS上での熱い語らい。それらすべてが別世界のものだった。友人にスマスマと共に録画を頼んでおいたが、見たのは退院してからずいぶん時間がたってからで、しかも1回だけだ。専用のBBSは今でもほとんど読んでいない。ブラウン管の中の物語より、現実の自分の宿命のほうが圧倒的にまさっていたからだろう。ドラマに思いを持てないまま、それでもファンサイトにお邪魔し、ロムだけならぬ書き込みまでしてしまう自分って?
自己嫌悪。
今日、買ったままになっていたDVDの1話と2話を見た。先に書いたようなわけではなく、中居くんの新しいCMが見たかったのだが、どうでもいい番組をだらだら見るのは考えただけで苦痛で、テレビのスイッチを入れるのもためらっていた。思い切ってスイッチを入れたものの、やはり耐えられない。そこに、買ったままになっていたDVDが目に入った。
見た。新鮮だった。
1話。開始から9分を過ぎるまでセリフが無いのに驚いた。そして第一声が「秀夫」。過去への扉を開け、和賀と彼に係わる人びとを宿命の奔流へと巻き込む言葉。この短い一言が、この先のドラマを語るのだ。うまいなあ。
1、2話ともセリフが少ない。特に中居くんは表情と身振りだけで感情を表現しなければならない。脚本を見てみたい。どんな風に書かれているのだろう。それを演出家と中居くんがどのように解釈し、表現したのだろう。
倒れた三木を見下ろし、狼狽して焦点が定まらないまま宙を泳いでいた目が一瞬見据えられ、あたりの人影を窺う確かな目的を持って動かされることで、殺害の決意を表す。「目は口ほどにものを言い」を実際に見せられた。この演技を引き出した演出家に、応えた役者に、演じられると信じて書いた脚本家に感謝したい。
2年を経て、ようやく「砂の器」の入り口に立てた気がする。
>若子さま
日記2日目にして、リンクさせていただきます。まだ時期尚早とかそんなこと考えていたら、わたしのことだから永久に実行できないかもしれない。だから今、実行します。
一生懸命やまじめであることを、恥ずかしいとか格好悪いとかキモイとかウザイとかイタイとか、そんな言葉に逃げたりしない若子さんと若子さんの文章が好きです。
お付き合い願えれば幸いです。
コメント